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zoom RSS 「「名をこそ惜しめ」津本陽(文藝春秋)」読みました!

<<   作成日時 : 2006/05/14 15:09   >>

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     「名をこそ惜しめ    硫黄島 魂の記録」津本陽 著(文藝春秋)を読みました。

     梯久美子著のノンフィクション「散るぞ悲しき」を読んで、硫黄島総指揮官であった栗林忠通さんの人間性とリーダーシップ、戦術は解ったように思いましたが、玉砕のために集められたような寄せ集めの兵隊達が、なぜ1ヶ月以上地下陣地で戦い続け、さらに指揮官の死後も身体の動く限り攻撃の姿勢を崩さなかったのか?不思議に思いました。 それで、津本陽先生が、兵士たちの気持ちを想像されたフィクションで、日本人の本質を問いかけられた硫黄島戦記、「名をこそ惜しめ」を読んでみようと思ったものです。

     津本先生の、平成17年10月の「あとがき」によれば、硫黄島の戦闘は、武器資材不足のまま、身を託す天険もなく、兵士たちに摂氏60度を超す地下に総延長18qの壕を深く掘らせ、そこに2万の将兵がこもって行なわれたという。 
実際の戦闘での日本軍の死者は5000人程度で、米軍の死者は6800人以上であったが、島で2本の井戸を米軍に占領されてからは、飲む水もなく焦熱地獄のような地下壕にいることに耐えられなくなった1万人以上の兵は、手榴弾を腹に抱いて自決したという。 
     津本先生は、肉食人種ではなく動物を捕殺することも嫌う日本人が、無理に連れてこられた過酷な戦場で、なぜ壮烈果敢な戦闘を行えたのかと推測される。 そして結論として「日本人は、あらゆる作業に工夫をこらし、世界で珍重される新分野をひらいていく強力な力をそなえている。  日常生活では勤勉な働き手であるが、すべての望みを絶たれ絶海の孤島で死に向い合うと、ただでは死ねない思う。   死にかたにも工夫をこらす。   我々がうけついできた遺伝子は、平和なときにも乱世にも、高度なはたらきを状況に応じてあらわすのである。  硫黄島の戦いに日本人の姿が見える。」 と考えられた。

     本の目次は、以下のとおり。

硫黄島へ

迎撃準備

死への覚悟

破滅への足音

将軍の苦悩

最後の準備

海兵隊上陸

死闘

散っていく花

火炎の戦場

最後の戦闘

埋葬

黙祷

あとがき

画像



    平和を好む理性の発達した国民は、ただでは殺されないというエネルギーを祖先から伝えられ、体内に宿しているのだということが、硫黄島の戦闘を探るうちに分かってきた。 不幸にして乱世もきわまる時期に、燃えるように熱い地下陣地で命を絶たれ、肉弾戦で死力をつくしてなくなられた英霊に、万斛の涙と感謝を捧げる。----という津本陽先生の感慨に共感しました。



参考ホームページ :

東京都硫黄島      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6_%28%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%29

硫黄島協会        http://www.iwo-jima.org

硫黄島戦史        http://www.iwo-jima.org/sensi

津本陽           http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E6%9C%AC%E9%99%BD

文藝春秋          http://www.bunshun.co.jp/





名をこそ惜しめ 硫黄島 魂の記録
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