「「古代日本 文字の来た道 」国立歴史民俗博物館/平川南 編(大修館書店)」読みました!

    「古代日本 文字の来た道 ---古代中国・朝鮮から列島へ」国立歴史民俗博物館/平川南 編 (大修館書店)を読みました。
国立歴史民俗博物館は、1981年に「大学共同利用機関」として創設された国立で唯一の歴史研究博物館であった。 
創設20周年記念行事の1つとして研究成果を公開した「古代日本 文字のある風景」という展示が 平成14年(2002年)3月19日から6月9日まで実施され、4月14日(日)に東京銀座ヤマハホールで 「古代日本 文字のある風景 ---金印から正倉院文書まで---」をテーマに、第38回歴博フォーラムが開催された。 この本は4月14日の8時間フォーラムをもとに構成し、増補加筆したものだそうだ。

画像


    本の目次は、以下のとおり。

はじめに               (平川 南)

第1部  基調講演

1  人は何のために文字を書いたか  ---中国での文字の発生---(阿辻哲次)
2  古代朝鮮の文字文化      ---見えてきた文字の架け橋---(李 成市)
3  古代の「言葉」から探る文字の道---日朝の文法・発音・文字---(犬飼 隆)
4  古代日本の文字文化       ---空白の六世紀を考える---(東野治之)
5  声と文字と歴史と ---「文字を必要としなかった社会」からの視点(川田順造)

第2部  フォーラム

1  文字の誕生
2  本格的な文字文化の始まり
3  文字の浸透と宗教
4  文字の力
5  文字を学ぶ
6  朝鮮半島と日本列島、文字資料を解く

質疑応答

7  文字研究の広がりとこれから

あとがき                (平川 南)



       わが国で 7世紀から文書行政が広範に展開された実態について、従来は「唐の律令制に倣った制度が わが国でも採用され、文書行政も導入され、文字文化の浸透につながった」と解釈されてきたが、このフォーラムでの研究発表からわかってきたことは、わが国で文字が本格的に使用された5世紀後半は中国の暦日を導入し朝廷の記録を残すようになったこと。仏教や道教が伝わり文字を練習する習慣が広まったこと。その後7~8世紀には、それまで口承、口伝えであった風土記や古事記の文字化が始まったこと。---など文字の普及が民衆段階で起こっており、既に基礎が出来ていたようで、必ずしも官僚制の行政文書が文字習得のお手本ではなかったようだ。
       国立歴史民俗博物館は、その後 平成16年(2004年)4月に 国立民族学博物館・国際日本文化研究センター・国文学研究資料館・総合地球環境学研究所と一緒になり、「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構」として新たにスタートしたそうだ。 日本語と文字文化、民俗学、民族学の一層の研究進展に期待したいと思いました。


参考ホームページ :

大修館書店   http://www.taishukan.co.jp

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構  http://www.nihu.jp/

国立大学法人 総合研究大学院大学      http://www.soken.ac.jp/

国立歴史民俗博物館           http://www.rekihaku.ac.jp/

国立民族学博物館            http://www.minpaku.ac.jp/

国際日本文化研究センター       http://www.nichibun.ac.jp/

国文学研究資料館            http://www.nijl.ac.jp/

総合地球環境学研究所         http://www.chikyu.ac.jp/
 
NHK                http://www.nhk.or.jp/index.html

高瀬事務所     http://www.e-adviser.jp/tmitakase/



  
古代日本 文字の来た道―古代中国・朝鮮から列島へ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント