「「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」溝口優司〈ソフトバック新書〉」読了!

   「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」溝口優司 著〈ソフトバック新書〉を読みました。
溝口優司さんは、1949年富山県生まれの形態人類学者。国立科学博物館人類研究部長。

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   本の目次は、以下のとおり。

   はじめに     日本人の顔とヨーロッパ人の顔は、なぜ“同じではない”のか?

第1章  猿人からホモ・サピエンスまで、700万年の旅

第2章  アフリカから南太平洋まで、ホモ・サピエンスの旅

第3章  縄文から現代まで、日本人の旅

   おわりに     人類はなぜ、どのように進化したのか?これからも進化するのか?


  私たち日本人の祖先は、猿人からホモ・サピエンスへと進化した700万年の旅を終えて、10万~15万年前にアフリカからユーラシア大陸を抜けて、世界中に拡散し日本列島に到着したという「アフリカ単一起源説」が通説となっている。 
シベリアを抜けて北から、インドシナ半島を抜けて南から、チベット・中国を抜けて西から、日本列島に到着して日本語を話すようになったのが 日本人の祖先ということになる。
日本では、いまから 1万6000年前から3000年前〔紀元前1000年〕頃まで、1万3000年間の縄文時代が続いたが、その間に半定住生活から定住生活に入り、縄文文化が形成され、多くの遺跡が残されたようだ。
縄文人の起源を探るため、縄文人の故郷とされる地域で発掘された同時代で発掘された化石人骨との比較では、東北地方の縄文時代後期・晩期〔今から4500~3000年前〕の集団との特徴を比較すると、オーストラリア南東部メルボルン近郊のキーローの1万2000年前の化石人骨と、典型性確率で86%の一致がみられたという。
その次に埼玉県秩父市の妙音寺洞窟の1万~8000年前の化石人骨と85%の一致がみられたという。
その次が、岡山県倉敷市の羽島貝塚から見つかった7000~5500年前の化石人骨と63%の一致だったという。
溝口先生の仮説は、縄文人の祖先はオーストラリアの先住民などの祖先と同様に 氷期のスンダランドの住んでいて、やがて南と北に向かって拡散し、4万~3万年前に南はオーストラリア、北は日本列島に その子孫がたどり着き、化石となったのではないか?ということだ。

    結局 日本列島には、主として南方起源の縄文人が先に到達し、北方起源の弥生人が後から到達して混血していったようだ。


参考ホームページ :

溝口優司 とは
  http://www.kahaku.go.jp/research/researcher/researcher.php?d=mzgch

アスキー×デジタル    
  http://ascii.jp/elem/000/000/893/893914/index-2.html

 ソフトバンク新書         
  http://bookwalker.jp/label/96/?detail=0&order=release&re_adpcnt=7qM_MTkb&device=c

国立科学博物館   http://www.kahaku.go.jp/
        
日本FP協会     http://www.jafp.or.jp/

内閣府経済社会総合研究所  
             http://www.esri.cao.go.jp/


【1000円以上送料無料】アフリカで誕生した人類が日本人になるまで/溝口優司
オンライン書店 BOOKFAN
著者溝口優司(著)出版社SBクリエイティブ発行年月2011年05月ISBN9784797361285



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